2006年7月に南仏アヴィニョン演劇祭に参加してきた様子をお伝えします。
毎年7月上旬から約3週間、わずか4キロメートルほどの城壁に囲まれたアヴィニョンは眠ることを知らない町になります。というのはこの期間だけ国内外から集まった人々によって演劇、ストリートプレイ、ダンス、音楽コンサートなどで芸術の「るつぼ」と化すからです。

世界遺産の法王庁宮殿


「アヴィニョンの橋で踊ろうよ♪」という歌でも有名なアヴィニョン。


法王庁広場ではストリートプレイが始終行われています。



一日だけでも500から600近い数のスペクタクルが朝から夜中まで行われ祭りの会場は既成の劇場だけにとどまらず学校、ホテルのラウンジ、船上そして世界遺産でもある法王庁宮殿の中庭などあらゆる場所が舞台となります。
お祭りはバカンスで来ている観光客を巻き込んで最高の賑わいをみせるのです。


東京乾電池出品作品
別役実作 「小さな家と五人の紳士」
竹内銃一郎作 「眠レ、巴里」

期間:7月7日ー29日
劇場:シアターフィナンビル
出演:伊東潤 沖中千英乃 工藤和馬 重村真智子 嶋田健太 
        鈴木美紀  血野滉修 中村小百合 松元夢子 圓若創
     宮田早苗 山地健仁
照明:河内哲二郎(黒テント)
コーディネーター:中島香菜


劇場から



このシアターフィナンビルは一階と二階に劇場があります。
私たちのカンパニーを含めて17ものお芝居、コンサート、サーカスが
行われました。どこの劇場もいくつかのカンパニーがシェアし合います。
城壁内にはおよそ100近い数の劇場があると言われています。
各カンパニーに与えられた時間は仕込みを含めて2時間程度。
毎回セットをばらして次の団体に明け渡して行きます。
ここでこの演劇祭のシステムの概要を簡単に説明しておきますと、
国内外からの有名劇団や期待の演出家が招待される公式イベントの
「IN」と自主公演のカンパニーよる「OFF」の二つがあります。
参加の90%が「OFF」に属します。
地元の演劇記者のお話によると劇場のキャパに関係なく「OFF」で毎回20名集客があればそれは「割に入っている」ということになるそうです。
それだけイベントの数が多いということでしょう。


仕込み風景


劇場前のポスター


「眠レ、巴里」は姉妹の設定。左から宮田、中村


三通りの「眠レ、巴里」を上演。左から重村、鈴木



「眠レ、巴里」の星川:圓若



「小さな家と五人の紳士」冒頭  男1:嶋田


男1「時々自殺したくなったりするだろ?」 男2:工藤「自殺?いや」


男3:山地                男4:血野


男5:伊東


フランス語の字幕を出しての上演。


男2「ミミズお好きですか?」女1「食べられるんですか?」
男2「いや、食べるんじゃないんです・・・」左から女1:重村 女2:鈴木


左から女2:松元 女1:沖中


後半になってから地元の新聞に劇評が載りました。



街角から

公演宣伝のためメンバー全員で浴衣を着たり、衣装をまとって毎日チラシを配り歩きました。この時期の南仏は湿気がほとんど無く強い日差しが照りつけます。
街を歩いていると昨日自分たちが見た他のカンパニーの役者さん達とよく出会いました。そこで片言のフランス語と日本語英語で会話をしチラシを渡します。こうした事も大事な仕事でした。日が経つにつれて顔馴染みの人たちができ、口コミなどで興味を持って劇場まで足を運んでくれる方もいて大変励みになりました。


浴衣を着てチラシ配り。歌舞伎と勘違いされることも。


鎖に注目が・・・


「スーティートゥ オン フランセ」=「フランス語の字幕をだします」


法王庁をジャック!?


カフェもジャック


ポスター貼りも大事な仕事のひとつです。


この時期にしては珍しくスコール。カフェに緊急避難。


ラジオの取材を受けました。右は通訳の中島さん。


休演日には

7月17日一日だけの休演日を利用して現地で親しくなったアヴィニョンっ子のフレッドさんと一緒にリュベロン地方へドライブしました。
リュベロンは大部分が地方自然公園に指定され広大な果樹園、石造りの村、渓谷、修道院、古い農家が点在し、これらの景観に魅せられた芸術家や作家が多く住んでいます。ベストセラーとなった「南プロバンスの12ヶ月」を書いたピーターメイルもその一人。素朴な田舎道を走りながら、風に身をまかしていると、お芝居の事が頭から離れていき、とても良い息抜きになりました。



いざ、リュベロンへ!


絶好の避暑地、フォンテーヌ・ド・ヴォークーリューズ。


水が冷たすぎて、長いこと足をつけていられません。


ゴルドの村をバックに一枚。男衆は何故か皆赤いアロハ・・・


幻想的な村の景観にしばし立ちすくんでしまいました。


ゴルド村からの眺め


リュベロン山地


オークルの丘に築かれたルシヨン。村全体が様々な赤に彩られています。


ルシヨン村


ラベンダー畑に囲まれたセナンク修道院。どこか寂しげでした。


良いリフレッシュになりました。


旅の終わりに

2006年はサッカーのワールドカップと時期が重なり、幸か不幸かフランスが決勝まで進んだこともあり、(皆TVの前にかじりつくため試合の時間になると街中が静かになる!)一人のお客さんの前で(しかもドイツ人)お芝居をするという貴重な?体験もすることもできました。フランス語の字幕を出して日本語でやったのですが、どんな気持ちで見てくれていたのでしょうか・・・。
こちらの人はつまらないと思えば割りと平気に上演中に出て行きます。
もちろん中には、という意味ですが結構見かけました。
幸い我々のお芝居ではそういう方はいなかったようですが。
逆に面白いと感じてくれたら最高の賛辞を送ってくれます。
この辺の意志表示の伝え方は日本人よりはっきりしているのかもしれません。普段の生活の一部にお芝居を見たり音楽を聴いたり絵を鑑賞したりすることが定着している印象を持ちました。


チラシ配りなどの甲斐があって休演日以降から徐々に観客が増えて行きました。
演劇関係者、他のカンパニーの役者さん、学生さん、観光客の方々と交流を持つことができたことはもちろん、また様々なジャンルのスペクタクルを鑑賞できた事もとても良い経験となりました。日本の現代劇の知名度は海外ではまだまだ低いのが実情です。
今回の参加が少しでも日本の面白い作品を知ってもらえる機会になればと願いつつ帰国の途に着きました。現地で大変お世話になった、コーディネーターの中島さん、黒テントの河内さん、そして現地劇場のスタッフさん、たくさんの素敵な写真を撮ってくれたフレッドさんには心から感謝します。「Merci  beaucoup!!」


千秋楽は多くの方が来てくれました!カメラを向けているのがフレッドさん。


打ち上げ 「サンテ!!みんな本当にお疲れ様でした。」


日本に帰るのがちょっと寂しく感じました。


公演中に誕生日を迎えた中島さん  早めの帰国になった河内さん


夕暮れ